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2010年8月17日 (火)

がん

人生の転機を迎えている@キッドです


こんばんは



へこもうが何をしようが
人生は先へと続いています
いつの日かこのことが人生の一部分として記憶に残っていくんでしょうが
何も急にこんなことでと憤らずにはおれません


私は試されているんでしょうか
この後の私の行動によって人生は大きく変わっていきます


父親が肺がんで入院しました





父親はとても神経質で

幼い頃は子どもが騒ぐとうるさいと側にも寄せ付けてもらえませんでした


でも非常に気の強い母親に虐げられ

何か困ったことがあった時だけ「あなたは父親なのだから」と威厳を強いられ


祖父の勧めで地元の会社に入れられ


その会社が倒産し
ようやくのこと自分の好きな仕事に就き
65歳までその才能が認められ働き続けました



延長雇用終了後は地元の活性化に力をいれ
地元の農業関係の長や、自治会長、防犯などさまざまなところで活躍し
ようやく第二の人生を進み始めたところでした



気が弱く、ストレスを内にためがちで
それでも家のためにとがんばる父をいつも応援していました


そんな父が先週不調を訴え
かかりつけの病院で検査したところ肺炎と診断され咳薬を処方されました
ただ、母は違う病気だと直感したのか大きな病院に即MRI検査の予約をし金曜日に行った所


肺がんが見つかりました
がんには進行度によってステージが割り当てられていますが
父はステージ4
もう手術の施しがないほど各部に転移しているいわゆる末期がんでした
余命は半年



これから色々活躍していくはずだったのに
なぜ父が?


どうにか回復する手立てはないのか?
色々探しました



色々探しましたが、肺に水が溜まっている状態で回復したという話はひとつもありませんでした


医師からも余命を数ヶ月伸ばすことはできるかもしれないという返答があるのみです
余命を少しでも伸ばす代わりに大変苦しい抗がん治療をしなければなりません
ろくに呼吸もできない状況でさらに苦しみを与えるべきなのか?


私ではなにもわかりません・・・


とにかく半年間父のためにできることはなんでもしよう


遠くにはでかけないでおこう



そういうわけで沼津行きも社員旅行もキャンセルです




後半年



生まれてきて本当に良かったと思えるよう
人生を最後まで謳歌してもらいたい



母と祖父の面倒を兄弟どちらが見るかはまだ決まっていないけれど



俺に決まったら安心して欲しい








本当にダメな息子でごめんなさい

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つぶやき」カテゴリの記事

コメント


コメントをしないで失礼しようかと少し考えました~

お父様、具合が悪いのを我慢なさっていらしたので
しようね~ 辛いですね! 私と3つしか変わりませ
ん~ まだまだ若いです! これからなさりたい事 あったと思います!  キッドさん!! お父様に苦し
みは与えないでください~ でなくてもお辛いと
思います~~  お母様、お祖父様ことも~
お辛いでしょうが人生には何回か試練が待っています~ キッドさん!! ダメな息子じゃないですよ!!!!!
  

投稿: ラテンママ | 2010年8月17日 (火) 02時18分

末期でしたか そこまで進行していたとは。。

延命処置が出来ないなら せめて痛みだけは取り除いて

あげて欲しいです 最近まわりの知り合いも癌で他界して

しまうのが多いです  辛いです  キッドさん 出来ないけど

男なら その人の息子なら 最後まで 凛として うろたえず

たくましく です   覚悟は腹の中に  です

投稿: リオンカノンパパ | 2010年8月17日 (火) 06時29分

男同士だからこそ話せることがあるかもしれません。
告知されるかどうかにもよりますが、なるべくいろんなお話をして、自分亡き後もキッドさん達に任せておいたら安心!って思ってもらえたらいいですね。

でも、できることなら奇跡が起きて欲しい・・・と思ってしまいますが。。。

投稿: のらびと | 2010年8月17日 (火) 08時11分

うちの父は56才で胆管癌と診断され、余命半年、田舎の病院
では何も出来ないと匙を投げられました。

仕事は参加してるプロジェクトが進行中、私生活では傍で見てるのが気恥ずかしいくらい孫娘達にデレデレ。ベタベタに懐いてる
愛犬もいる。妻とは定年後にローンが終わった家でゆっくり過ごすつもりだったし、娘の一人も未だ独身(当時の私)で心配。

諦めることは出来ない、なんとしても治す。
そういう方針で、大阪の大学病院に転院して手術して、
新しい抗がん剤も試しました。
闘病中は家族全員がほぼ毎日顔を見せ、その病室は癌患者
ばっかりだったんだけど、父のベッドはいつも賑やかで、そこ
だけ明るかった。

正月明けに病気が分かって、田舎の桜が葉桜になる頃には
終わってしまった闘病生活。
治療は全て悪あがきだったかもしれない。でも本人も家族も
後悔してないんだ。

じぶん語りすまそ。
きっどさんも、お父様と家族全員が納得できる方向で
これからの日々を過ごしてください。

「知り合いの知り合いに、余命半年と5年前に告げられた
 癌患者がいる」

この都市伝説が当時の我々の希望だった。
きっど父上が体現してくれたら嬉しい。

投稿: カルミン | 2010年8月17日 (火) 11時36分

ラテンママさんsun
多くの方が素通りする中でコメントいただけてうれしく思います。
父は今でもつらそうですが明日から抗がん治療が始まります。治療しなければ死にかかわるので。
本人も水が溜まった時点でがんだとわかっていたようで
私は孫を見せられなかったダメな息子なんです

投稿: KID★ | 2010年8月18日 (水) 21時07分

リオンカノンパパさんsun
リオンパパさんの周りでもがんで亡くなられた方が多いのですね。
ものは考えようですが、祖母の時は朝起きると冷たくなっていました。なんの看病もできず周りは辛いと言っていました。それを考えると父は看病してあげることができ、家族にとっては良かったのかもしれません。
最後のことはあまり考えたくありませんが、男としてしっかり迎えてあげたいですね

投稿: KID★ | 2010年8月18日 (水) 21時10分

のらびとさんsun
男同士で逆に話し合えることがないんですけどw(しいて言えば母の悪口くらい?)

奇跡は信じませんが、努力は報われるとは思っています。いかに生きる希望を持たせるか、そして人間の自然治癒力をフルに発揮することができれば奇跡的に回復することはあるかも知れません。その生きる希望というものをいかに引き出すか。それについては触れませんが、身内みんなが明るい考えでいこうと思っています

投稿: KID★ | 2010年8月18日 (水) 21時14分

カルミンちゃんsun
辛い体験を書いてくれてありがとう。
なんか色々書いてるうちに頭が混乱してきて一番長く書いてくれた人にあれだけど
信じることって大切やよね

投稿: KID★ | 2010年8月18日 (水) 21時17分

KIDさん
コメントで『孫を見せれずダメな・・』って
あったけどソレ違うと思うな。
なんでダメなの?

息子がそれだけ自分を想ってくれて
今現在その息子が幸せにしているなら
それで良いんじゃないの?

今日、娘が入院しました。
病名はふせますが、カミさん号泣。
俺が変われるものなら変わってあげたい。
俺が変わりにその病気に侵されて欲しい。
本気でそう思います

5歳の娘は採血も怖がります。
いつも兄といて一人は怖いハズです
また、いつまで入院するのかさえ分からない
状況です。。


親なんて子の幸せが一番なんですよ

だから安心させれば?
『俺が今、幸せなのはアナタのおかげだよ』と

それと息子のプレッシャー感じて変に頑張るんじゃなくて、童心に帰り父上に甘えてください。

俺だったら息子にそうして欲しい。 かな?


父上の奇跡を信じます。
最新の医学に期待します。

投稿: クレアPAPA | 2010年8月20日 (金) 21時38分

キッドさん、

富士山の麓でサルーキと暮らしている者です。今迄時々ブログ拝見させて頂いておりました。

お父様の事、身内として本当にお辛いと心中お察しいたします。私の父は長い間半身不随で入院しておりました。やっと車椅子で動ける家を建てていざ引越し、漸く一緒に暮らせるね、と言う頃の一時帰宅中に不調を訴え、検査→末期癌。何と余命2週間と言われました。体に麻痺があった為、本人もあまり痛みを感じず末期にまでなってしまったようです。。長く病院に居たのに何故発見出来なかったのか、医者を恨んだりもしました。今思えば逆恨みですよね。帰宅か入院か、の選択を迫られ、すぐにまた入院し、始まったのはモルヒネによる痛みを緩和する治療?ともいえない物で、その日から父は自由を奪われました。そんな事になるなら家に連れて帰り、最後まで好きな事をさせてあげれば良かったと未だに後悔しています。その時はただひたすら父の体から痛みを取ってあげたかった・・故の入院と言う選択だったのです。ただ、母に言わせれば『家族と言うのは多分、最善を尽くしても“もっとああしてあげれば良かった”と幾らかの後悔は残るのでしょう。。生き残った者は少なからずそう思うと思うよ。でもその後悔が限りなく“無い”と言える人達がまれに居るのも確かな事。出来ればそうなりたかったね。』と。

キッドさんのお父様にはまだ後最短でも半年、あるいはきっと、それ以上の人生があるのですから、自分が後悔しない様に、と言うのも大切ではありますが、それ以上にお父様がこの人生を楽しみ尽くす為には…もちろん出来得る範囲にはなりますが…どうするのが一番なのか、という事をまずは一番に考えて差し上げてはいかがでしょうか。お父様にもまだまだやりたい事はあるハズです。

全く見ず知らずの者が生意気な事を申し上げて大変恐縮ではありますが、人生最大の試練の一つを経験した者として、コメントさせて頂きました。私事を申し上げる事、長文乱文、ご容赦下さいませ。

キッドさん、お父様をどうぞ大切に、そしてお母様を支えて差し上げて下さいね。現実の厳しさにくじけず、立ち向かって行って下さいね。最新医療と奇跡を信じましょう。遠く富士山の麓の山の奥からお祈り申し上げております。

投稿: 幸太 | 2010年8月21日 (土) 23時02分

クレアパパさんsun
子どもが元気で幸せであれば・・・
わかります。わかりますが、それがベストかと言えばベストではないんですよね。
それが親父の心残りに少しでもなれば?
Why do you do your bestですよ。

親父は来週から入退院を繰り返す生活になります。
今日秋元さんの訃報が流れちと親父も弱り気味ですががんを受け入れて、前向きに戦っていくことを決意しました。
親父を応援していただきありがとうございます。
そして娘さん心配です。
私もクレアパパさんと同じように病魔に侵されれば自分が変わってあげたいと思います。
さぞお疲れの中コメントいただき感謝しています。
どうか一日も早い回復を遠い地からですが願っております。

投稿: KID★ | 2010年8月23日 (月) 23時44分

幸太さんsun
ブログを拝見いただきありがとうございます。
こういう話のときにはしゃいでしまうのはどうかと思いますが、山梨県にはすばらしいドッグランが多々あり、またコーシング大会も何度も開催されるなどサイト飼いに垂涎の地です。
ああ憧れの山梨(*´Д`*)


幸太さんも大変お辛い経験をされたのですね。
家を建てて直後なんて、なんで今なんだ?と悲観に暮れられたんじゃないかと思います。
幸太さんのお母様が仰られた限りなく後悔がない見送り方・・・今からこういう言葉を出すのも変なのですが・・・・上の方のコメントにあるカルミンちゃんの
「治療は全て悪あがきだったかもしれない。でも本人も家族も後悔してないんだ。」
我が家も形は違えど、後悔はしていないんだと言えるようにしていきたいと思います。

父は今一時退院して残った仕事を片付けています。仕事人間で仕事をするのが好きなので、仕事が終わるまで私たちは邪魔をせず
最後は畳の上で死にたい
苦しいのは嫌やから苦しくないように
などとも言っています。
そして後はよろしく頼むでと
ちょっと返答に困ってしまいました
なんかそれを言うのは早いんじゃないかな?って

もうすぐ私か兄が実家に戻り祖父、母、父の面倒を見ます
これからが本当に大変なのかも知れませんがまだ家族は笑顔でいられています

ご丁寧に辛い経験まで書いていただきありがとうございました
どうぞ温かく見守ってください
そしてまた明るい日記のときにもコメントいただければ幸いです

投稿: KID★ | 2010年8月23日 (月) 23時59分

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